魔女の小さな冒険

魔女のちいさな探検

ゆっくりゆっくり進みます。

剛体球の落下の終端速度

 前回は重力下の拡散のモデルから、上空80kmでの酸素分子の落下速度を 70[cm/day] としました。

 今回は、剛体球の落下の終端速度から、酸素分子が空気中を落下する速度を計算します。まず、いろんなサイトから、それらしいものを拾ってきました。

[1]パラメータ集め

 剛体球の落下の終端速度 u_t は、(Wikipediaより)

  u_t = [ d^2 ( ρ_s - ρ_f ) g ] / (18 μ_f )   ( 層流域、Re < 2 )   (1)
  u_t = [ ( 4/225 ) ( ρ_s - ρ_f )^2 g^2 / ( ρ_f μ_f ) ]^(1/3) d   ( 中間域、2 < Re < 500 )   (2)
  u_t = [ ( 4/3/0.44 ) ( ρ_s - ρ_f ) g d / ρ_f ]^(1/2)   ( 乱流域、500 < Re < 10^5 )   (3)

各パラメータは、

  Re = d u ρ_f / μ_f :レイノルズ数                  (4)
  d:球の直径 [m]
  ρ_s:球の質量密度 [kg/m^3]
  ρ_f:空気の質量密度 [kg/m^3]
  g = 9.807 [m/s^2] :重力加速度
  μ_f:空気の粘性係数 [kg・s/m^2]

空気の粘性係数は、(高木郁二、エネルギー理工学設計演習 実験2より)

  μ_f = m v / [ 3 × 2^(1/2) σ ]                (7)
  m :気体分子の質量
  v :気体分子の平均速度
  σ :気体分子の散乱断面積

圧力も数密度も出てきません。速度に、気体分子の平均自由行程の(12)式を代入します。

  v^2 = 3 k_B T / m                  (12-12)
  μ_f = ( m k_B T / 6 )^(1/2) / σT^(1/2)           (8)

μ_f は、温度の関数になります。

 1気圧での空気の粘性係数は、(機械用語集より)

 ―――――――――――――――――――――――
  温度 t [℃]   ρ_f [kg/m^3]  μ_f [10^(-5) Pa・s]
 ―――――――――――――――――――――――
    -10     1.342     1.673
       0     1.293     1.724
     20     1.205     1.822
     40     1.128     1.915
 ―――――――――――――――――――――――

[2]粘性係数の計算

 0℃の粘性係数を基準として、(8)式より、上空80kmの大気の粘性係数を計算してみます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――
   t [℃]   ρ_f [kg/m^3]   ρ_f (高度80km)  μ_f [10^(-5) Pa・s]  (8)よりμ_f
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――
   -56.5                                        1.535
   -40              9.870×10^(-6)                      1.593
   -10    1.342            1.673       1.692
      0    1.293            1.724      (1.724)
    15    1.227                            1.771
    20    1.205            1.822       1.786
    40    1.128            1.915       1.846
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

(8)式から求めた粘性係数 μ_f (黒字)と、機械用語集の μ_f (灰色)とで、値がずれています。有効数字は1桁ですが、そのまま進めます(^^; 

 高度80kmでの大気の質量密度 ρ_f は、平衡気温を-40℃と仮定して、

  m = 28.966×10^(-3) /N_A            (14-11d)下
  N_A = 6.022×10^(23) [mol^(-1)]
  n = n_0 exp( - z / z_0 )              (12-24)下
  n_0 = 2.55×10^(25) [m^(-3)]           (14-14a)
  z_0 = 6820 [m]                 (10-8)下

などから算出しました。

[3]酸素の落下速度の計算

 高度80km、気温-40℃での酸素の落下速度 u_t を計算します。酸素の落下速度は非常にゆっくりだと想像できるので、Re < 2 の(1)式を使います。

  u_t = [ d^2 ( ρ_s - ρ_f ) g ] / (18 μ_f )             (1)

 分子の質量密度 ρ_s は、m / d^3 程度でよいでしょう。ここで問題なのは、分子の大きさ d はどの程度が適当かということです。とりあえずいろいろ試します。

分子の直径から

窒素分子と酸素分子の絵

 分子の直径から、落下速度を評価します。

   ρ_s = m / ( π d^3 / 6 )                   (9)

 ―――――――――――――――――――――――――――
     ρ_s [kg/m^3] 落下速度 u_t [m/s] u_t [m/year]
 ―――――――――――――――――――――――――――
  窒素  1.644×10^3 8.034×10^(-12)
  酸素  2.087×10^3 9.509×10^(-12) 3.00×10^(-4)
 ――――――――――――――――――――――――――― (10), (11)

窒素も落下しました。却下!

1分子当たりの占有体積から

分子を箱で囲む絵

 空気の数密度から、落下速度を評価します。

   ρ_s = m n_0(z)                      (12)
  n_0(80) = 2.55×10^(25) exp( -80 / 6.82 )          (14-14)
       = 2.05×10^(20) [m^(-3)]
  d = 1.70×10^(-7) [m]                   (13)

 ―――――――――――――――――――――――――――
     ρ_s [kg/m^3] 落下速度 u_t [m/s] u_t [m/year]
 ―――――――――――――――――――――――――――
  窒素  9.54×10^(-6) -3.26×10^(-16) -1.03×10^(-8)
  酸素  10.9×10^(-6)   1.02×10^(-15)  3.21×10^(-8)
 ――――――――――――――――――――――――――― (14), (15)

窒素浮上で定性的には合格です。終端速度で計算すると、酸素分子が1km落下するのに、300万年かかります。ほぼ落ちてこないね(^^; 

1000個程度のクラスタ

分子の箱を重ねる絵

 (12)式の ρ_s はそのままにして、 (13)式の d を10倍にします。酸素がたまたま1000個クラスターになっていたら、もっと速く落下するかも。

 ――――――――――――――――
      落下速度 u_t [m/year]
 ――――――――――――――――
  窒素   -1.03×10^(-6)
  酸素    3.21×10^(-6)
 ――――――――――――――――

 ちょっと速くなりました。それでも、年間数 μm です。酸素分子が1km落下するのに、3万年かかります。

更に大きなクラスタ

箱の絵

 d を100倍にします。

 ――――――――――――――――
      落下速度 u_t [m/year]
 ――――――――――――――――
  窒素   -1.03×10^(-4)
  酸素    3.21×10^(-4)
 ――――――――――――――――

 年間数 mm です。こんな大きなクラスターが偶然できたとしても、拡散でバラバラになる時間のほうがずっと短いので、意味がなかったかもしれません(^^; 

レイノルズ数を確認

 終端速度 u_t はレイノルズ数 Re で決まりますが、Re は u_t で決まります。層流域 (Re < 2) の公式を使って良いのか自信ないので、確認しておきます。ρ_s は最速の(9)式です。

 ―乱流域の公式(3)―――――――――――――――
        u_t [m/s]     Re
 ―――――――――――――――――――――――
  窒素    4.537      1.063
  酸素    5.023      1.136
 ―――――――――――――――――――――――

Re<2 です。

 ―中間域の公式(2)―――――――――――――――
        u_t [m/s]     Re
 ―――――――――――――――――――――――
  窒素   1.167×10^(-4)   
  酸素   1.321×10^(-4) 2.987×10^(-5)
 ―――――――――――――――――――――――

これも Re<2 です。層流域の公式(1)で大丈夫でした!

[4]まとめ

  終端速度の公式(1)~(3)は、空気の分子間距離に比べて剛体球が十分に大きいときに用います。例えば、空気中を雲のような霧粒や花粉が落ちてくる、などです。この公式を無理に使うと、上空 80km で酸素分子が 1km 沈降する時間は300万年です。前回重力下の拡散から試算した時間は 3.8年でした。

 拡散 + 落下のほうが圧倒的に早いので、酸素分子が沈降するとしたらこの機構でしょう。終端速度はどうでもいいということがわかりました(^^; 

 地球の大気が上空まで同じ組成なのは、風で巻き上がるせいかもしれません。次回は、対流の話です。つづくよ。

 

前回:[重力と気体の熱力学]空気分子の拡散運動

次回:[重力と気体の熱力学]対流はどこまで?

参考:後で書きます

Wikipedia、機械用語集

計算ノート⑰空気中の落下の終端速度