地球の大気が、どうして高度80kmまで同じ組成なのか考えています。酸素は窒素より重いので、熱平衡状態では上空ほど酸素の少ない組成のはずです。
前回は、空気中の分子の平均自由行程 を調べました。拡散運動を考察するには、速度と平均自由行程が必要だったのです。非理想気体中の一つの酸素分子の運動は、平均自由時間 程度の周期で
- 自由落下しながら飛行
- 他の分子にぶつかる
- 運動の方向と大きさを変える
を繰り返します。平均的には、平均自由時間 で平均自由行程 だけ等方的に進み、この間距離 だけ落下します。
等方散乱して だけ落ちる図
散乱は酸素分子が大気中に『染み込む』イメージで、落下は大気中を『沈む』イメージです。散乱の速さを計算するのに、拡散係数を使います。拡散係数は と で書くことができます。がちがちの計算だヨ。
結論だけ先に書いておくと、重力下の拡散のモデルから計算すると、上空80kmでの酸素分子の落下速度は 70[cm/day] です。[8]を見てください。
- [1] 重力下の拡散運動、1分子系
- [2] 酸素と窒素の、混合気体の拡散係数
- [3] 一つの分子の移動距離
- [4]重力下の拡散方程式
- [5]酸素濃度の落下速度
- [6]フィックの第一法則は?
- [7] (41)式の酸素の落下時間
- [8]数密度分布の変化から、落下速度を求める
[1] 重力下の拡散運動、1分子系
ランダムウォークの図
ランダムウォークのモデルを使って、一つの分子の移動速度を計算します。まず、落下がない場合です。
移動回数 回 移動時間 (1)
位置 (2)
は計算用の整数です。各ステップに相関はないとします。移動距離の2乗の平均は、
(3)
3次元の拡散係数 を導入します。
(4)
(5)
は気体分子の地表からの主な分布範囲です。この計算は、
(気体分子の平均自由行程、式(2)) (12-2)
(気体分子の平均自由行程、式(14)) (12-14)
(重力下の理想気体−−−マクスウェルの速度分布) (10-8)
等を用いています。
次は、落下もある場合です。
時間 での落下距離 (9)
位置 (6)
は垂直方向の単位ベクトルです。垂直方向の移動は、
(7)
(10)
は平均の落下の速さで、時間 での自由落下時間から、
(11)
と で、時間 での分子の動きは図のように予想できます。
拡散距離と落下距離の図
ここまで、拡散係数 と落下の速さ を、平均自由行程 と気体分子の地表からの主な分布範囲 で書くことが出来ました。
[2] 酸素と窒素の、混合気体の拡散係数
窒素(a)と酸素(b)の混合気体では、 平均自由行程 は窒素、酸素とも、ほぼ一致して、
(12)
(14)
、 はそれぞれ窒素、酸素の数密度、 はその合計です。 は、窒素の散乱断面積 と全体の数密度、窒素と酸素の混合比で書けます。
この式は、窒素と酸素が高度によらず一定の比で混合している想定です。 は空気の分布高度です。平衡状態で混合比が高度 に依存すると、 も に依存してややこしいことになります。
酸素分子(添え字)の拡散係数、落下速度は、(5)式、(11)式から
(5b)
(11b)
分布高度に質量 が入っているので、窒素と酸素でちょっと変わります。
[3] 一つの分子の移動距離
パラメータを入れて、窒素分子と酸素分子の動きを比較します。
窒素の散乱断面積 [m] (12b)
混合比 、 (12a)
標準大気の地表数密度 [m] (14a)
空気の主な分布範囲 [km] (11d)
[J/mol/K]、[m/s]。ここで、 は空気の平均的な分子量 [g/mol]、フィッテイングに使った温度 [K] からの計算値で、実際の分布ではありません。雑です(^^; これらをに入れると、MKS単位系で、
[m] (13)
、を求めるのに、窒素と酸素のパラメータを
[km] (窒素) (11a)
[km] (酸素) (11b)
として、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
高度 [km] (窒素) (酸素) (窒素)[m/s] (酸素)[m/s]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
0 0.676 [nm/s] 0.772 [nm/s] 4.77×10 4.46×10
80 0.0840 [mm/s] 0.0898 [mm/s] 0.593 0.555
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1日の落下距離比較の図
ここから、一つの酸素原子が1km移動する時間を計算します。1km落下するのは36日で、1kmの拡散移動は3.5日。10倍の速度で拡散上昇します。対して、窒素の1km落下時間は38日、拡散移動は3.3日なので、酸素と比べて落下は遅いですが、拡散は速いです。
1kmの落下時間比較の図
酸素のほうが落ちるの速い、という意味では、良さそうな結果です。でも、拡散が速すぎて、何日待ったら沈殿分離するのか、見当がつきません(^^;
[4]重力下の拡散方程式
1成分系で、数密度分布 の拡散方程式を作ります。高度 で、 が一定の範囲を考えます。
拡散方程式作成の図
中心位置 の分子は、時間 で、 だけ離れた位置の分子と入れ換わります。重力がない場合の分子数密度 の変化は、
(16)
左辺は時間変化、右辺は6方向からの流入と流出です。 は 方向の単位ベクトルです。 、 は十分に小さいとして、微分形に直します。
(17)
重力がある場合、時間 での落下距離 を入れて、
(18)
(5)式、(11)式 の 、 を導入すると、
(19)
または、
(20)
落下速度の項が、 にまとまりました!
平衡状態のとき、(20)式左辺の時間変化は0です。解は
(24)
で、理想気体の分布(10-8)となります。
[5]酸素濃度の落下速度
で、窒素と酸素のみが、上空まで一定の割合で混合している空気を想定します。空気の主な分布範囲は
[km] (空気) (11d)
ここから平衡状態に達すると、窒素と酸素の主な分布範囲は
[km] (窒素) (11a)
[km] (酸素) (11b)
酸素と窒素の平衡分布の図
と、酸素が沈みます。沈んでいく時間のスケールを、高度ごとに見積もります。拡散係数は高度ごとに一定と仮定します。
気体分子の数密度 の初期分布を、
(空気) (28)
(窒素) (29)
(酸素) (30)
とします。(20)式より、酸素分子の数密度 は、
(31)
解を 近傍で
(32)
とおいて、下降時間 は、(の単位は[m/s])
(34)
[s] (35)
(の単位は[m/s])と見積もれます。
―――――――――――――――――
高度 [km] [year] (酸素)
―――――――――――――――――
0 3.19 × 10
80 25.6
―――――――――――――――――
高度80kmで26年という数字が出てきました。
数十年で酸素は沈んで、消えてしまうようです? この計算法だと窒素が発散してしまうので、良い見積もり方ではないです(^^; 平衡分布からのずれが0になるような解を用意すれば良いのかな?とりあえず、すごく時間がかかるということで・・・(解釈に困る)。
[6]フィックの第一法則は?
今扱っている拡散係数 は高度 に依存しています。フィックの第2法則風に書くと、
(26)
理想気体の解を代入すると、第1項が0になり、
(27)
どんどん減少して、平衡状態どころか定常状態ですらありません。
フィックの第二法則にならない理由を考えてみました。
濃度差のある気体の平均自由行程の図
重力が無くて濃度差がある分子の拡散を考えます。 側から に入ってきた分子の平均自由行程は、 側を飛ぶので、 となります。差分 (16) に、 は出てこないので、拡散係数 は局所的に一定になります。微分の箱の大きさ程度では、 です。
では、もう一度 (31) 式を見てみると、
(36)
高度 の大きなスケールで見てみると、 は の関数です。
(37)
ここで、添え字は空気を1種分子とみなしました。さらに、(30) の初期分布で、(36)式の は定数です。 [・・・] 内も定数なので、
(39)
(40)
濃度分布は一定速度で減少します。数密度が変化する時間 は、 となるオーダーと見積もれば、
(41)
で、(33) 式と同じになります。
うまくいったような、騙されたような(^^;
[7] (41)式の酸素の落下時間
(41) に (37) を代入して、
(42)
、 はマクスウェル分布の回で計算したのですが(打ち込んでないじゃん!?)
―――――――――――――――――――
分子 モル質量 [g/mol] [km]
―――――――――――――――――――
窒素 28.01 7.06
酸素 32.00 6.18
Ar 39.95 4.95
空気 (28.966) (6.82)
――――――――――――――――――― (10-8)下
よし(`・ω・´)b
6820 [m] 、 6180 [m] (11d,11b)
9.807 [m/s] (11c)
気体分子の平均自由行程 (12-24)式~(12-28)式から
2.55×10 [m] (12-24h)
44.89×10 [m] (12-24f)
(12-27),(12-28)
(43)
1成分気体の平均自由行程と同じ形になります。(気体分子の平均自由行程 (12-15)式)
6.241 × 10 [m] (44)
(42)式に代入して、
[s] (45)
[year] (46)
(35)式下の表と、同じ結果になりました。
[8]数密度分布の変化から、落下速度を求める
本(もと)の数密度分布と、時間 経った後の数密度分布を比較して、落下のイメージを掴んでみます。
数密度分布比較のイラスト
時刻 0 と での関数形を比較して、
(47)
となる を探します。これを、高度 にあった分布が に落下したと解釈します。本の分布を(30)式、落下後の分布を(32)式とします。
(48)
(47)式と比較して、
(49)
関数形から解釈した落下速度を とすると、
(50)
(34)式より、
(51)
(MKS単位系)
[m/s]
――――――――――――――――――――――――――――――
高度 [km] (酸素)(1秒当たり) (酸素)(1日当たり)
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0 6.772 × 10 [nm/s] 5.6 [μm/day]
80 8.416 [μm/s] 0.73 [m/day]
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平均すると、上空80kmの酸素は1日70cm落下しています。特徴的な時間 = 26年とするよりずっと、イメージしやすいです。この高度で 1km 落下する時間は 3.8年です。数年待っていれば酸素は沈降してきます(?)
大昔、「混合気体は重力ごときで分離しない」って習ったような気がするのですが、この計算では沈殿するようです。実際の大気の組成は上空80kmまでほぼ一定ということは、80kmあたりに何かあるという事でしょう。何でしょうね。
次回は、空気中を落下する塵(ちり)の速度から、酸素分子の落下速度を計算します。
参考:後で書きます
計算ノート⑭非理想気体の拡散時間