重力下のスーパーボール気体は、上空に密度の高い部分ができて、いかにも不自然。前回はそんな結果で終わりました。今回は、地表での速度を一定ではなく、マクスウェル分布に変えてみます。ガチガチ計算ダヨ。
地表での1次元気体の速度分布関数をマクスウェル分布にします。
F(v, 0) dv = n(0) [ m / { 2π k_B T(0) } ]^(1/2)
× exp[ - m v^2 / { 2 k_B T(0) } ] dv (9-1)
ここで m は気体分子の質量、v は気体分子の z 方向の速度、 z は高度です。z は100mとか1000mとか大きな高度を想定し、1m程度の高度差は十分小さく一様とします。地表を z=0 とします。 F(v,z) は高度 z での v の分布関数、 dv は積分のときに使う v の微小幅、 n(z) は高度 z での気体の数密度、 k_B はボルツマン定数、 T(z) は高度 z での気温です。
ここまでは、統計力学の本から抜き書きです。
z=0 でこの初速度のとき、高度 z に到達する気体分子の数密度と分布関数を計算します。エネルギー保存の法則
m v(0)^2 / 2 = m v(z)^2 / 2 + m g z
から高度 z まで到達できる分子の初速度は
m v(0)^2 / 2 ≧ m g z
に限定されます。高度 z では、速度が落ちる分滞空時間が長くなり、初速度 v(0) だった分子の数密度は
v(0) / v(z)
倍になります。地表での速度の範囲 dv(0) に対応する dv(z) は、エネルギー保存の式の変分を取って、
v(0) dv(0) = v(z) dv(z)
これを速度分布関数 F(v,0) に代入すると、
n(0) [ m / { 2π k_B T(0) } ]^(1/2)
× exp[ -m v (z)^2 / { 2 k_B T(0) } - m g z /{ k_B T(0) } ] dv(z)
= F(v(z), z) dv(z)
整理して、
F(v,z) dv = n(z) [ m / { 2π k_B T(0) } ]^1/2 exp[ - mv^2 / { 2 k_B T(0) } ] dv
n(z) = n(0) exp[ - mgz / { k_BT(0) } ] (9-17)
高度 z での速度分布関数は高度 z=0 のときと同じマクスウェル分布になります。しかも、温度も同じままです!熱浴なんか要らないですね(^^;
ランダウ本を見ると、最初に分布関数を伏せておいて、dv(0)→dv(z) の変換は同じで、同じ速度の分子の密度変化 v(0)/v(z) の代わりに dz(0)→dz(z) の変換を使い、『測高公式』から高度 z での密度を
n(z) = n(0) exp{ - mgz / ( k_B T ) }
としています。そこから逆にマクスウェル分布を導出します。
ランダウ本の方法だと、測高公式の意味がわからない私には、高度によって気温が下がるという経験則が測高公式に含まれない事が気になります。
速度分布関数をマクスウェル分布にして、ガチガチ計算をしてみて、ようやく上空に高密度領域が出ないことがわかりました。
また、今回は1次元で計算しましたが、速度分布を3次元にしてもうまくいきました。マクスウェル分布でうまくいく理由は、エネルギー項が指数関数の肩に載っているところのようです。跳ね上がれなかった分子を取り除くと、速度分布が同じ関数形に戻ります。昔の人、うまい数学的絡繰り(からくり)を使ったのですね。(知らなかったヨ。)
さて、結果です。高度 z での温度、圧力、数密度は次の通りです。
T(z) = T(0)
P(z) = P(0) exp( - z / z_0 ) (10-7)
n(z) = n(0) exp( - z / z_0 ) (10-8)
z_0 = k_B T(0) / ( 2mg ) (10-8b)
スーパーボールモデルでは窒素は対流圏まで上がりませんでしたが、マクスウェル速度分布の理想気体は指数関数なのではるか上空まで分布します。z_0 は、気体の主な分布高度です。
地上温度15℃で上空まで一定として、実際の大気と重ねてみます。実線が国際標準大気、点線が計算値です。
温度を-40℃とすれば、地球の大気圧をフィッティングできます。
次は、上空の空気の組成です。実際の大気は窒素と酸素の混合比は上空80kmまでほぼ一定です。気体の数密度に質量が入っていますが、大して影響しないのか?
平衡気温 -40℃として、( T=233[K] ) (10-8b)式の z_0 は、
―――――――――――――――――――
分子 モル質量 M [g/mol] z_0 [km]
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窒素 28.01 7.06
酸素 32.00 6.18
Ar 39.95 4.95
空気 (28.966) (6.82)
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z_0 は、各種気体が単一で大気を構成している場合の、主な分布高度です。
上空の大気の組成は、
――――――――――――――――――――
窒素 酸素 アルゴン
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地上 78.1% 20.9% 1%
上空80km 94.9% 5.1% -
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大気の組成は全然説明できていないことが分かりました(^^; (計算はいずれ)
次回は、スーパーボール気体で、速度分布が3次元の場合をモデル化して計算してみます。
うまくいけば続くヨ。
前回:[重力と気体の熱力学]重力下の理想スーパーボール気体---袋詰めを重ねたモデルの圧力 #mixi_diary 早咲の日記 2019/04/17/1971164415
次回:[重力と気体の熱力学]重力下の3次元スーパーボール気体−−−散乱がある場合 #mixi_diary 早咲の日記 2019/05/13/1971506052
参考:小野周・豊田博慈 訳(1969). 『ランダウ・アヒエゼール・リフシッツ 物理学 力学から物性論まで』岩波書店
計算ノート⑨理想気体で地上での速度分布がマクスウェル分布
計算ノート⑩理想気体、マクスウェル分布、圧力は
大気の圧力 国際標準大気 - Wikipedia (2019/6/14)
--------------2021/02/16
分子のイラストを修正
--------------2021/06/04
式番号、z_0 表を追加